今日、7年間住んだ土地と住居から引っ越しをする。

正確には、引っ越し業者が来るのは明日なのだが、車で事前に新居に入るので心境としては「本日引っ越し」だ。

今、わたしには子どもが3人と、夫と、ペットのインコとカタツムリがいる。
自分が子どものころ、こんな人生を歩むとはあまり想像していなかった未来の先にいる。
そもそも、家族がいることにいまだにたまに真剣に驚く。
だけど気持ちは晴れやかだ。たまらなく幸福、と言っても過言ではない。
人生にはいろんなことがある。

昨日は、水子供養をしてもらった神社に転居前最後の参拝にいった。
都内に住んではいるからこれからも参る予定だが、頻度は落ちてしまうかもしれないと謝ると、神社の方はそうですかとだけ言った。
正直なところ、ここが消えてなくならないならそれで良い。
人生にはいろんなことがある。

およそ1か月半前、夫と壮絶な喧嘩をした。
出来婚というアイコニックなスタートで身辺ぐちゃぐちゃだった我が家では、この7年間で離婚騒動が5回ほどあった。
だけど今回のものは群を抜いて激しかった。
家中の家具を壊して暴れる夫に夜中、怒号とともに子ども3人と家を追い出され、わたしは燃えるような怒りを抱え警察に直行した。
実家に2週間帰り、土下座しにきた夫とそのあとも色々あったが、なんとか収束した。
夫と初めて、これまでの二人の関係を振り返り、結果互いへの想いを確かめ合うという、青い恋愛ごっこの如きやりとりをして子どものように泣き、おそらくこれまでの5回の離婚騒動をも概ね回収する形で収束した。
そんな1か月半だった。
人生にはいろんなことがある。

この夏で、長女が生まれたとき始めた個人事業を、一度閉じることにした。
夫との激しい諍いの渦中、真剣に身の危険を感じた場面もあり、ひょっとしたら二度と会わぬよう新たな環境で生活基盤を築くべきという危機的意識に駆り立てられて、この年齢にして正社員で勤めていた職場をほぼ”飛んだ”のだ。
2か月の転職猶予期間を設けつつ、そのためだけに籍を置くこともできないだろうと、退職意向が固まった段階で速やかに手続きを済ませた。
まぁ、結果でしかないが元職場は今も問題なく回っている。
転職先にも恵まれ、ただし副業禁止規定があるため、実質やむをえず先の個人事業は閉業に至る。
生涯事業主を貫く予定だったわたしとしては、これも予想していなかった展開だった。
大人としてあるまじき迷惑のかけ方と、都合の良い部分のみを綺麗に貼り合わせた業績の先で、わたしは新たな道を見つけた。
人生にはいろんなことがある。

本当に、勝手なことだと思う。
だけどどの時点からでも、清く野性的に優しく生きたいとは常に思う。(実現できているのは野性的という要素だけかも)

愛しい子ども達は、6歳と3歳と1歳。
引っ越しをしたら、十分に祝えなかった1歳次女の誕生祝いを最初にやろうと思う。

6歳長女はこの春小学生になったばかりだったが、転居にともなう転校になる。
仲の良い友達と離れることになってしまい申し訳ない反面、これまでの住環境ではいつか限界が来る・ストレスも増えるだろうと思ってもいたから、これが長女にとってより良い契機となるようわたしが精一杯尽力するしかない。
長女は、わたしにとって正真正銘初めての子どもだ(何を言っている)。
親としてそれはどうなんだと言われるかもしれないが、彼女だけはひそかに”バディ”のような気持ちで居る。
どんな時もわたしの心が動く瞬間には、彼女がこの世に居た。
わたしにとってはまさにその存在は光である。
我が家の子ども達の中では唯一3歳まで自宅で母と過ごし、繊細ながら天真爛漫な性格で、保育園でも小学校でも色々あるだろうが、楽しく過ごしてくれているらしい。
思えば、我慢させてしまうことも多かっただろう。
頑張り屋さんで、絵を描いたり何かを作ることが好きで、自分の世界がしっかりあり、いつも母や妹にとびきりの優しさを見せてくれる。
子どもは5歳までにすべての親孝行をすると聞くが、この子は少し長すぎる。
我が家に生まれてくれたことを感謝しつつ、今後の彼女の生を全力で応援・祝福したい。
こんな母だが、母がついている。

3歳長男は、難しい性格と年頃。
なんでも自分でやりたい、お姉ちゃんと遊びたい、ママに甘えたい、妹はなんかよくわからないけどちょっと面倒くさい。
優しく手先は器用だが、(わたしに似てしまい)運動神経は壊滅的だし、疲れるとほぼ怪獣と化す。
こちらはわたしと夫が距離感を間違えなければほぼ大丈夫だろう。
次女はまだ幼く性格的にお転婆極まることもあり、生命維持の心配が第一にきて、その先はまだこれからである(3人目は自由になるとはよくいったもの)。

親の都合で子ども達にも面倒や苦労をかけることを申し訳なく思う一方、こういうことはどの家庭でも多かれ少なかれあるだろうと少し開き直る気持ちもある。
一喜一憂するよりも、なるべく皆で今を楽しみ、未来を喜びとともに迎えよう。
そしてわたしは必要なとき必要なサポートをすぐに差し出せるよう、粛々と準備をする。
人生には本当にいろんなことがあるから。

これまで沢山世話になった方々に突然の別れを告げることになり、恩返しもできていない中で大変心苦しい。
とはいえ、同じようなことが他の人に起こったとして、わたしは喜んでその旅路を祝うだろう。
わたしはそういう人間だ。
だからどうか、怒らないで。
ちょっとこまった奴だったな~程度でわたしを快く許してちょうだい。だめ?
そんなことを都合よく思う、火曜・駅前の昼下がり。

娘が「まま〜?これゆったらしかられるかなって思うんだけどさ…」と言うので何かと思えば、「うち、歯磨きメッチャテキトーにやってる」とのこと。

可愛すぎて新しい感情が生まれそうになる…

お兄ちゃんがカスタネットを上手に叩くのを見ていた赤子、おずおず手を伸ばして、いやっ!と言われて少し我慢した後、譲ってもらったカスタネットを一生懸命観察して、つついたり振ったりして(鳴らないなぁ)の顔で試行錯誤したあと、カチッといい音が鳴るとまるで太陽のような笑顔になる。

朝この出来事があり、夕方帰宅してふたたびカスタネットを手にするともう、スムーズに叩いて音を鳴らせるようになっている。

兎にも角にも成長がすさまじい。

あと毎日毎日、とんでもなく可愛い…

娘、毎朝「なるべく早く迎えに来てね!」と言う。

前は、仕事があってそう早くは行けないことを伝えたりもしたのだが、それでも毎朝言う。

今は、がんばるね!と答えることにしている。

なんというか、もはやそれは挨拶で、「行ってきます」の代わりなのだ。

そしてきっと「小学生のおねえさん」の1日を頑張る合図でもある。

だからわたしの返答は、行ってらっしゃい愛してるよの意味だ。

本当に、様々な環境変化に健気に適応していて、見送った後よく涙が出る。

もう6歳、されど6歳。

大きく見えてまだまだ幼い、というより幼くあって然るべき年齢だ。

あなたの笑顔が曇らぬよう、わたしも愛を掲げ続けたい。

仕事中、よく娘の顔が浮かぶ。

偉いね、すごいね…と心のなかで声をかける。

終業後、急いでもそう変わらぬ帰りの道のりをダッシュで向かう。

今日もずっと会いたい、会いたかったよ。

早く迎えに来ることを頑張るのは、わたしの1日の心の支えにもなっている。

保育園の夏祭り。

毎年思うが、ほんの少し目を離しても一応ロックのかかった園の中に居り、子供に安全な食べ物やイベントしかなく、お友達も知り合いの親御さんも大勢居り…というこの日の存在は本当に園および保育士さん方様様である。

長女は卒園済みだが、チケットを手に入れてお邪魔した。

園には旧友がちらほら来ていた。

ネイルして、髪を結って、今年は浴衣ではなく動きやすい女の子用甚兵衛をさらりと着こなし、「あ、ままー。娘ちゃんちょっとお友達と遊んでくるね?」と言い残し颯爽と人込みに消えた。

息子は一つ一つの屋台をじっくり楽しみ、常に何かもぐもぐ食べては満足げであった。(かき氷のブルーハワイで舌が真っ青に…)

次女は、御膳睡の時間帯に被り少し眠たげだったが、抱っこでいろんなイベントをまわり、景品をぎゅっと握りしめてまんまるな瞳で一生懸命神輿を見るなどしていた。

永遠に続いてほしいひとときだった。

良い夏が、本格的に始まろうとしている。

最近の赤子。

スツールからベッド、さらにそこからサイドテーブルまで上がりリモコンを手に入れてうきゃきゃっと笑う。

以前はそこから転落一択だったが、下をのぞき、高さがあるのでとどまりつつ足から降りる術を探すなどしている。

人間の成長に脱帽でしかない…

学校の個人面談からの、娘の早お迎え日であった。

先生からは、日々お友達と喧嘩することはありつつも仲良く楽しく過ごしていること。

本人の素直さを褒めていただいた。

迎えに行くと真っ先に飛んできてくれる彼女。

いざ校門を出て、原宿のカフェ活する?服買いに行く?新しいアクアビーズや塗り絵欲しいんだっけ?…と聞いたところしばらく悩み、

「ん〜………ママと公園行きたいっ♡」

可愛くて、喉から変な音が出てしまった。

一応、一息つくためにクレープ屋さんとサンリオショップを経由し、たどり着いた先の公園でのびのび遊ぶ。

大きくなったなぁと思いながら、力強くブランコの背中を押していたら「ママ、もういいよっ」と言われる。

あっという間に、下の子達の迎えの時間が来た。

そうあまりにもあっという間に…

いつまでこういう関係で居させてくれるのだろう。

娘の仲良しさん達は野生児の傾向が高いから、まだしばらくは公園遊びも楽しめるかもしれない。

大好きよ。大好きよ。ずっとずーっと、大好きよ。

先週は、久しぶりに息子を抱えて大泣きする出来事があった。

夕方迎えに行くと息子が教室に居らず、お手洗いとか遊び場やら製作コーナーを探しても居ない。

先生に尋ね、先生も大慌てで探してくれ、園のエントランスで捕獲され連れられてきた。

わたしが迎えに来たのが見え、大喜びで急いで荷物をまとめて下まで駆け下り、他所の親御さんがドアを開けたタイミングで外に出てしまったらしい。

何人もの親御さんが止めて中に戻してくださったが、その間をすり抜けて突破し、一番近くのスーパーまで駆けていったところで捕獲。

幾重にも小さな偶然が重なった結果、且つ成長して身を隠す術をおぼえ走るのも早くなった息子が、好奇心と少しの反骨心で管理の網目をくぐって起きた事態と理解するが、本当に寿命が縮む思いだった。

戻ったところをものすごい剣幕で叱り、息子と二度と会えなくなったらママ悲しいよと泣き怒りしながら説教したのであまり伝わっていないかもしれないが、トラウマにはなったかもしれない…

普段からもっと口酸っぱく言い聞かせようと誓った。

雨季。

子ども達が全然嫌そうでなくて可愛らしい。

長女は最初だけ「えーっ」と言うが、歩いているうちニコニコ笑顔で飛んだり跳ねたり。

息子は言わずもがな、レインコートに傘をフリフリさせてどこへでも行く。

赤子は抱っこ紐の隙間から手を伸ばし、母の持つ傘の柄をむんずと掴んでユラユラしながらケタケタ楽しそうにしている。

わたし自身もそもそも雨は好きだったが、子ども達との外出が大荷物になるためいつしか憂鬱に感じてしまっていた。

今年の残りの雨季は楽しめるよう、少し考え方を変えてみることにする。

下の子が手足口病になったので、娘を小学校に送っていったあと息子と次女を連れて小児科へ。

週明け初日のとんでもない荷物量にベビーカーを押しながら息も絶え絶えになりつつ、ふと、息子を乗せているのが奇妙に思え、歩かせてみようと思った。

一緒に歩く?と尋ねるとうん!と自分でベルトを外して立ち上がり、すたすたと前をゆく。

それから戻ってきて「息子くん押すの手伝ってあがるよ」とベビーカーを押す。

小児科では「これ読みたい~」と絵本を持ってきてせがみ、順番が来ると同席して「息子くんは元気だよ^^」とアピール。

終わると「これから保育園?」というので、電車でサクッと行っても良かったのだが、陽気もよいので散歩がてら向かうことにした。

大好きなピノ(アイス)を買い、一つずつ食べる。

全てを自分でやりたい月齢、パッケージを開けたりピックでアイスを指すのもアトラクションのようである。

おいしかったねと話しながら公園をつっきり、園に向かった。

短い時間だったが、息子とじっくり話せて幸せなひとときであった。

園につくと園庭のプールが既に準備完了しており、そのまま着替えて走っていった。

母に甘える部分と、自分でどんどん進む部分。

頼もしい存在になりつつある。